【目覚めの手帳(第6話)】全国大学の法学部の皆さんへ―「共謀罪」制定の危険について

――悪名高い「治安維持法」が施行された1925年から1945年にかけての日本は、法治国家であることを完全に放棄しました。
この法律は事実上、検挙と有罪とを直結させ、警察・検察の狙い通りの結果を実現させることが立法の目的であり、そのように法文が整備され、運用面では、多数の獄死者が出る過酷な拷問を常態化させる道を開いたのです。
したがって、この法律を根拠に検挙された多数のケースに対して、手順としての法廷は開かれたものの、弁護士や裁判官は実質的に何も手出しができず、ひたすら魂を持たないロボットの役割に徹するしかなかったのです。
そのような彼らの、胸中を察してみてください。また、職務に忠誠を誓った警察官や検察官の本心をも。

これと同じことを、日本に再現しようとする動きがあります。いま政府・与党が国会に提出している、いわゆる「共謀罪」がそれです。
正式名称は「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」で、もともとはマフィアなどの「越境犯罪」を防止する国際条約がすでに締結されており、それに対応する国内法を整備するものであると説明されています。
しかし、この法案は、このような法律を創設しなければならないような国内事情(立法事実)がないことを法務省が法制審議会で明確に認めている一方で、適用対象を国内の一般人に拡大して、憲法が保障する基本的人権、思想および良心の自由、集会・結社・表現の自由、そして通信の秘密などを、実質的に骨抜きにしようとするものであることは明白です。
したがって、法案自体が明らかな憲法違反なのです。

具体的には、「共謀罪」は、2人以上で犯罪の実行を話し合い、合意すれば、そのこと自体を犯罪として扱うとしています。犯罪が実行されなくても処罰の対象となる点で、これまでの刑法とは決定的に違います。
近代の刑法は、犯罪の意思だけでは処罰せず、具体的に加害の事実が現れて始めて処罰の対象にすることにしています。つまり、「行為」があって始めて犯罪が成立するというのが刑法の大原則です。
しかも、「共謀罪」は、対象とする犯罪が500以上もあり、「当事者の合意」という客観性のないものを処罰の対象としており、同時に当事者のどちらか一方でも、自首したときは刑が減免されることになっているので、恐るべき事態が起こることが予想されます。「治安維持法」時代の社会状況の再現です。

「共謀罪」では、人々の会話や電話、そしてメールの内容そのものが犯罪になりうるので、犯罪捜査の名目で電話やメールの盗聴や傍受、また通信記録などの閲覧、そして市民団体へのスパイの潜入が常態化するでしょう。実際に、この法案には既に、それを容易にするような条文を、巧妙に潜り込ませてあります。
密告が奨励され、陰湿な監視社会が現実のものになることでしょう。
そして、最後の決め手は本人の自白しかないので、拷問やそれに近い密室での悪行が、必然的に増えてくるでしょう。
拷問によって、あるいは長期の留置や勾留による心身の疲労から、心ならずも「自白」したかもしれない被疑者を、弁護士としてのあなたが、どう弁護できるか考えてみてください。
組織を挙げて「共謀罪」に反対している日本弁護士連合会の平山会長は、「共謀罪」のケースは、「どんなに優秀な弁護士でも弁護できない」と話しています。

何らかの形で法曹の世界に関わっていこうとしている、あなた方の勉学の意義と将来の進路にとって、絶対に軽視することのできない問題が目前にあるのです。
単に刑法や刑事訴訟法の領域だけのことでなく、先人が営々と築いてきた、法の基本精神や法体系を完全に破壊しようとするのが、この法案の本質です。法治国家の根幹を揺るがす問題です。
したがって、あなた方の専攻が民法や商法、あるいは政治学であっても、決して看過することはできないはずです。
ぜひ級友の皆さんと、あるいは指導教官を含めて、この問題に対して、あなた方として何をやるべきかを話し合ってください。
いま何も行動しなければ、悔いを千載に残すことになるでしょう。

既に国会で2回廃案になっているこの法案を、性懲りもなく提出してくるのは、例の「9.11」以降にブッシュ政権によって喧伝されてきた、「テロとの戦い」の余熱が冷める前しかチャンスがないとみているのでしょう。
その意味で、この法案は、根っこにおいてブッシュ政権の命運だけを頼りにするものとも言えます。
しかし、「9.11」や「テロとの戦い」のすべてが、ブッシュ政権の作為による虚構であるとしたらどうでしょうか。
よく使われる手法ですが、恐怖心を煽るのに最も有効な方法は、「狼少年」本人が、密かに「恐怖の出来事」を引き起こすことです。
今や、「イラク侵略」の虚構は、全世界で周知の事実になっています(ちなみに、アメリカのメディアが当然のように「イラク侵略」と呼称するなかで、日本のメディアだけが「イラク戦争」という曖昧な言葉を使っています)。
一方、すべての状況の出発点になっている「9.11」の「化けの皮」も次第に剥がれて、「公式発表」の対極をなす新たな共通認識が形成されようとしています。
彼らの企画は、粗雑そのもので抜け穴だらけなのです。
それは、マス・メディアの完全支配を確信している彼らの傲慢が生んだものでしょうが、現代では、情報を伝えるのはマス・メディアだけではありません。

例えば、次のサイトで、ワールド・トレード・センター(WTC)第7ビルの崩落のビデオを見ることができます。
http://www.wtc7.net/videos.html
ここで、誰の目にも明らかなことは、この鉄筋コンクリート造りで矩形のビルは、崩落の直前には、完全な姿で立っていることです。
それが、上部の均整な形状を保ちながら地面に吸い込まれるように降下していき、わずか6秒半で、47階の全体が地面上に姿を消すことです。
このような作業は、大型のビル解体で使われる、各階の構造上の急所に爆薬を仕掛け段階的に爆発させる「制御破壊(controlled demolition)」以外の方法で行うことは不可能で、そのための準備には数週間かかるとされています。
「同時多発テロ」の攻撃を受けたその日のうちに、周囲一帯が封鎖され第7ビル自体も一部で火災が起こってるなかで、仕掛けを造って解体させることなどありえないことは明白です。
そして、WTC全体のオーナーであるラリー・シルバースタインが言う「彼ら(ニューヨーク市消防本部)」が、消火活動の一環として、急遽それをやるのも考えられないことです。

おそらく、この作業を請け負ったのは、その名も「制御破壊インコーポレーティド(Controlled Demolition Inc.)」でしょう。何故なら当社が、WTC全体の残骸の処理(いわば後工程の作業)を一手に請け負ったからです。
ちなみに、第7ビルにはCIAやFBIも入居しており、また23階には(こうした事態に対処することを名目にした)ルドルフ・ジュリアーニ市長が約17億円かけて構築したとされる「市長の危機管理オフィス」がありました。
したがって、「解体」の実行には、少なくともラリー・シルバースタインに加えてジュリアーニ市長(次の選挙に立候補せず引退)の承諾があったはずで、それは、当初からの計画の一部だったのでしょう(そうでなければ、これだけ重要な機能を持つビルに、あらかじめ爆薬を仕掛けることなどありえないことです)。
また、実際に飛行機が衝突した第1ビルと第2ビルの、ほとんど同様の垂直な崩落も、連続的な爆発音を聞いたという消防士たちの証言からみても、「制御破壊」によるものである可能性が濃厚です。

以上は、いわゆる「同時多発テロ」をめぐる壮大な陰謀の、氷山の一角です。
(後略)

本質的な自由を手放して小さな一時的安全を買う者は、

自由も安全も受けるに値しない。Benjamin Franklin

(〔06〕=2006年5月

【補注(外部リンク】(2017年2月)

日弁連は共謀罪に反対します―共謀罪なしで国連越境組織犯罪防止条約は批准できます(日本弁護士連合会)

【目覚めの手帳(第5話)】原発に明日はない―「核燃料サイクル」の破たん

(高速増殖炉開発と再処理工場建設)
核分裂で発生する「高速中性子」を水(軽水や重水)などで減速しないで核分裂反応を持続させる高速増殖炉は、原料ウランの99.3%を構成する「燃えないウラン(ウラン238」を、核分裂物質であるプルトニウムに「転換」する。原料としてウラン(核分裂性のウラン235を0.7%含有)と一緒に投入されるプルトニウムに対し、「転換」されたプルトニウムの方が多ければ、あたかもプルトニウムが「増殖」されたようにみえる。「増殖炉」と言われるゆえんである。
このタイプの原子炉を冷却する素材としては、水やハロゲン(フッ素、塩素など)に触れると爆発的に反応する液体ナトリウム以外には見つかっていない。また、発ガン性など、毒性が極めて強いプルトニウムを原料(燃料)として用いる点も特徴のひとつである。

他のすべての先進国が、この炉の開発を事実上放棄した今でも、資源小国の日本こそ、長期的なエネルギー資源確保の立場から、積極的に開発を進めるべきだという主張は、それなりの説得力を持っている。
日本は、そのような視点から、高速増殖炉の開発と並行して、実用発電炉(軽水炉)の使用済み燃料を再処理して、プルトニウムを抽出する作業を続けてきた。これまでのところ、再処理のかなりの部分はフランスとイギリスに委託してきたが、国内で唯一の茨城県東海村の再処理工場に加えて、新たに青森県六ヶ所村に大規模な再処理工場を建設し、2000年以降プルトニウムを完全に「国産化」することを目指している。
一度使った核燃料は再利用せず、そのまま廃棄物として処理する「ワン・スルー」といわれるアメリカの方針に対し、日本のは「核燃料サイクル」といわれる。実は、この方針でやってきたことが、日本における原子力利用の全体を、じわじわと出口のない泥沼に追 い込みつつあることを、全貌をつかむ立場にある関係者が最も深刻に認識しているに違いない。

高速増殖炉の原型炉である「もんじゆ」に初期装荷するプルトニウムは約1トンである。 「増殖炉」であるから、先々の取替用燃料は自ら賄うことができる。この他、新型転換炉という増殖炉と軽水炉の中間の性格を持つ炉型の原型炉「ふげん」があり、これもプルトニウムを用いるが、その使用量は「もんじゆ」より少ない。
これに対して、仏、英から今後引き取るプルトニウムは29トンもある。加えて、東海再処理工場でも、2020年頃までに約5トンを生産できる。もし六ヶ所再処理工場を計画通り作れば、更に50トンが加わる。「もんじゆ」に続く第二原型炉もしくは実証炉は、もし電気出力60万キロワット程度のものを建設するとすれば約1兆円かかるといわれているが、現在の状況では、その必要性を理屈づけることはできないし、そもそも建設場所を確保することができないであろう。いずれにせよ、「増殖炉」や「転換炉」の数を増やしても、プルトニウムを減らすことにはならない。

こうして、軽水炉から出る使用済み燃料の再処理を続ける限り、プルトニウムが増え続けることになる。プルトニウムの保有は、その毒性だけでなく、核兵器への転用がウランより容易(50トンで、原爆を6250発作れる)という意味で、厄介な問題を提起する。アジアの先発途上国や中東の産油国が、目的は別のところにありながら長期的なエネルギー政策の一環と称して「合法的に」、日本をモデルにしてプルトニウムの「備蓄」に励むようになったら、どういうことになるであろうか。その可能性は、決して少なくない。プルトニウムは、平和国家日本では、短期間たりとも貯蔵することを許されない物質なのである。

そこで、軽水炉でプルトニウムを燃やす「プルサーマル」という方式が提案されている。 燃料は、ウランとプルトニウムを混合した「MOX」といわれるものを用いる。実際問題として、「プルサーマル」を大々的にやらない限り、過剰なプルトニウムを「消費」する手段がないことは間違いない。これは、「増殖炉」や「転換炉」を脇役に追いやり、「再処理―軽水炉(プルサーマル)―再処理」を主体とする構図である。プルトニウムを確保しようとして、再処理を始めたことが、これにつながった。
六ヶ所村の再処理施設の建設費は1兆円に近い。「MOX」の加工施設にも、別に巨額の建設費がかかる。それらの運転に要するエネルギーと経費も馬鹿にならない。適正にコストを配分すれば、「プルサーマル」によって生み出される電力は、とんでもなく高いものになるであろう(再処理を行っても、セシウムやストロンチウムなどを含む「高レベル放射性廃棄物」は残るので、廃棄物処理費用の大幅な節約になるわけでもない)。

「核燃料サイクル」の問題は、それだけではない。ルートの至るところに、使用済み燃料の、不安定な「中間貯蔵(プールに貯えられる)」が発生する。これは、冷却のために必要な期間に加えて、再処理のための「工程待ち」の期間が加わる。一般に、システムの構造が複雑であればあるほど、中間滞留が膨らむことは工程管理の経験則である。実際に、その状況はすでに起こってきており、電力会社が頭を痛める問題となっている。
また、「高レベル放射性廃棄物」の最終処分地の問題も未解決である。すなわち、2000年以降、ガラス固化した「高レベル放射性廃棄物」の地中への埋設処分が現実の課題となってくる。これは「地層処分」といわれる。再処理の委託に伴って仏、英で発生したものも引き取って処分しなければならない。日本には、無人の場所がない。適地を捜し出 して住民の合意をとることは、ほとんど不可能ではないだろうか(北海道幌延町に「地層処分」の研究施設を作る計画は、研究施設をそのまま恒久施設にしてしまうというお決まりの手法に対する住民の疑念から、中断したままである)。

この問題は、「地層処分」の前の「冷却貯蔵期間(30~50年)」があるので、いま現在、実施すべき時期が到来していないという救いだけしかない。最終処分地が決まらなければ、「地層処分」待ちのガラス固化体貯蔵容器(キャニースター)が、限りなく増え続けることになる。これの貯蔵もまた難題である(場所としては、六ケ所村が予定されている)。
更にその先に、寿命が尽きた原子力発電所の解体処分の問題が待っている。ちなみに、米政府は、軍事用プルトニウム生産工場跡地の汚染浄化に、今後30年間に300億ドル(約3兆1500億円)を投入するという。

次々と打ち出される原子力関連施設への巨大投資は、経済的合理性の域を超えている。核燃料サイクル、つまりプルトニウムの利用に拘泥することは、日本の電力会社と原子力産業全体を、コスト意識を持つ正常な産業から、政府も巻き込んだ巨大な残務処理機構へと変質させていく。これは、関係者の誰も予想せず、誰も望まなかった事態ではないだろうか。
プルトニウムの蓄積を常にゼロにするように、燃料を加工し、炉を運転し、再処理を行ってプルトニウムを抽出し、それをまた燃料に加工するというサイクルを運営することは、不可能に近い。プルトニウムを燃やすだけの目的で、新たな炉を作る事態になるかもしれない。そのプロセスで、使用済み核燃料の「プール」への中間貯蔵と、高レベル放射性廃棄物の最終処分待ち「キャニスター」が、どんどん溜ってくる。何が本来の目的だったのか、だんだん分からなくなってくる。周囲状勢の変化に対して、ネコの目のように方針を変えながら、天文学的な資金を湯水のように使って対処せざるを得ないという、自ら作り出したものに振り回される構図である。

(後略)

(〔05〕=『タスマニアの羊(1993年11月)春秋社』第7章)

【目覚めの手帳(第4話)】スター・チルドレン

――前記の「魂のレベルの合意」の意味は、「転生(てんしょう)」という事実を抜きにしては正しく理解することは難しいでしょう。
「転生」とは簡単に言えば「生まれ変わり」のことで、いわゆる「死」は「いのち(魂)」の終わりではなく、単に肉体という衣を脱ぎ捨てるだけのことで、その先に無限に近い生があります。
「死」と次の「転生」との間に、非物質領域の「休息所」があり、そこで高次元の存在たちのサポートを受けながら、次の人生の場(地球のような三次元物質界の全体を展望して最適と思われる環境)を選ぶことになります。「魂の合意」というのは、その時点での選択のことです。
けれども、出生とともに「魂の合意」を忘れてしまうのが一般的で、それは地球での体験の幅を大きくすることを通じて、より深い学びを会得するのに役立ちますが、時には迷路にはまる種にもなります。
どんな人でも、地球へは何十回から何百回も転生しているのが普通で、ある期間は特定の民族や国家に繰り返し転生するケースが多いようですが、これは人間関係などのカルマ的な因縁に関係しています。

さて、スター・チルドレンとは、前例のない巨大なシフトを遂げつつある地球での体験を求め、またその大転換に貢献しながら次代の地球を担うために、宇宙の様々な領域から転生してきた地球での体験は比較的少ない魂たちのことで、1990年頃から年とともにその比率が多くなってきています。
またスター・チルドレンは、子供たちだけでなく、大人の中にもいます。そして、このところ年とともに「本当の自分」を思い出す人が増えてきています。
いずれにしても、この地球になじむことは容易なことではないようです。
次は、最近のある会合でのフランという女性の話です(邦訳は小松による)。

   

皆さんこんにちは。
わたしの今の名前はフランです。わたしの人生の今のサイクルでは、既婚の女性で年齢は50歳近くになります。あなた方の宇宙存在についての研究では、マンティス人(マントイド族)と呼ばれることになるでしょう。わたしは個人としてエスティカと呼ばれている者です。
わたしの故郷の世界は、この銀河の反対側にあって、平和と調和に満ちた世界です。
わたしは、どうしたらいいか迷った時、結局は、マントイドの評議員コールがいて、ゼータやプレアデス人もいる宇宙船を訪ねます。平穏の中で静かに過ごすと、すべてが明快になってくるのです。考えてみると、たいへんトラウマに満ちた出生の過程を経て、人間の肉体を持って生きることになったのは、人類と彼らがやっていることを知るためだったと思います。その出生の過程で、自分が何者でどこから来たかを忘れてしまったのです。後に、それが明らかになって、きちんと理解できるようになりましたが。
わたしたちマントイド族は何万年も、この近くにやってきています。わたし自身も、この「ガイア・アンス-マカ・地球」という存在に何が起こっているかが気になって、繰り返し来ています。ガイアの過去4回の盛衰のフェーズを見てきました。その一つは、ご存知のレムリアとアトランティスの時代です。貪欲のために、権力が乱用された場所です。このような、人類が過去にやって今もやり続けていることを見ると、ぞっとさせられます。
人間のからだを持って生きてきた感想は、いろんなことに当惑し混乱させられることです。あらゆる意味で人類は肉体の能力に恵まれているのに、それを乱用するのです。わたしが困惑するのは、指や足の爪のこと、また髪や肌のこともあります。そしてもちろん、生物学的な行為の体験についてのコミュニケーションがないことが、当然とされていることがあります。複雑すぎて困惑させられますが、たいへん面白い面もあります。わたしは、元々のマンティスのからだに戻ることを切望しています。しかし、まだその時ではないようです。少なくとも、自分の舌を使って話して、自由にコミュニケーションが取れるようにならなければ。
人類が宇宙の存在について語る言葉に「エイリアン」というのがあります。わたしが疑問を持つのは、もし宇宙の存在たちが人類のことを「エイリアン」と言ったら、その人たちはどう思うかということです。
わたしは若いころ、自分が社会の外にいると思っていました。ほんの数年前に、ボイラン氏に連絡がつくまではそうでした。それ以来わたしは、自分自身に対してだけでなく、わたしたちを見守り観察している他の宇宙の存在たち、つまり親族たちに心を開くようになりました。彼らがそうしているのは、わたしには理解できます。いま人類の中に目覚めた人が増えていますが、多くの人はそうではありません。
わたしは無邪気に感嘆の思いを込めて、人類の生の営みを見ています。彼らが精神的に成長するのに気づいています。
それでも、どうしても理解できないことは、人類が、他の人間に対してはもちろん、他の生き物に対してとるネガティブな行為です。それを、悲しい思いで見ています。そうする必要があるとは思えないのです。わたしが知っている範囲では、「Star Man」や「K-Pax」などの映画があります。
地球の皆さん、前途には多くのことがあります。そして皆さんの宇宙の親族たちは、皆さんが精神的に成長して仲間入りできるように、見守りながら待っています。宇宙の親族たちを恐れさせようとして何を言われたとしても、心の中心で感じるようにしてください。それくらい簡単なことです。
そして、2012年になればガイアが去ってしまうということはありません。癒しやバランスをとるための変化が進行しているということは事実です。けれども、ガイアと人類はここにいるでしょう。皆さんの時間は、これまでもずっと「いま」です。調和と平和を願いつつ、わたしの話を終わります。

このように、フランが人生の大半を過ごしてきた、とまどいながら社会に溶け込むことが出来ない状態は、多くのスター・チルドレンたちに共通しているようです。
それは、決して彼らが異常だからではなく、この地球が如何に異常な世界になっているかの象徴です。何千年にもわたって、この地球では、大衆に宇宙や歴史の真実に気づかせないようにするための「努力」が、徹底的に行われてきたのです。それは、アトランティス[後出]の崩壊から今日までの歴史と大いに関係があります。

スター・チルドレンたちに対して、いわれなく、自閉症や「ADD(Attention Deficit Disorder:注意欠陥症)」や「ADHD(Attention Deficit Hyperactive Disorder:注意欠陥多動症)」というレッテルが貼られるケースは、決して珍しくありません。
心で知っていることを決して理解してもらうことが出来ず、それと正反対の認識を押しつけられる状況での、自然な防御策は「貝になること」です。つまり、大人たちが造った偽りの世界に付き合わないようにするために、口を開かないことです。それが、自閉症の典型的な「病因」なのです。
一方、ADDやADHDは、スター・チルドレンたちが持っている、定められた枠にとらわれず自由闊達に自己表現する特質が、社会が造った基準に合わないというだけの理由で、そのように分別されているものです。

宇宙から授かった宝物のような彼らが、順調に成長して本来の持ち味を自在に発揮できるような環境を整えてあげることは、いま私たちの社会が抱えている大きな課題の一つです。

(〔4〕=『アセンションへのいざない(2009年7月)アーバンプロ出版センター』)

【目覚めの手帳(第3話)】アセンションは純粋に個人の旅です―創造主

――多くの人たちがコミュニティとして集い、より良い生き方を希求することについて話しています。それは何も悪いことではありませんし、私はそれを励ましはしますが、でも間違えないようにしてください。皆さんが話しているグループレベルでの選択では、物事はあまり変化しないでしょう。
大切なことは、いま現在とそのエネルギーがやってくる瞬間との狭間(はざま)にあるこの時点での、各個人の選択なのです。それは限りなく個人的な選択であって、どの国の者だとか、どのコミュニティに参加しているとか、どんな組織に属しているかとか、またどんな宗教、どんな規律を学んできたかとか、どんな知識を持っているとか、そういったことは一切関係ないのです。それらすべては無に等しいものです。
必要なことは単に、あなた方の誰もが必ずやらなければならない個人の選択です。そして意思を決めるのに必要な情報は、一人残らず与えられるでしょう。
(〔03〕=2012年5月)

【目覚めの手帳(第2話)】核の脅威

――「核物質」に関しては、人類にとっての最大の脅威は、稼働中の原子力発電所です。次いで、原子力空母と原子力潜水艦です。地下のサイロで待機している核弾頭も、脅威には違いありませんが、それらは人為的に点火されないかぎり爆発することはありません。核大国間の平和が保たれているあいだは、脅威のレベルは、1ランク下になります。稼働中のものは、すでに「点火」されています。その安全は、運転要員と制御システムが、必要なエネルギーの供給も含めて健全である、という限りにおいて保証されているに過ぎません。それが当てにならないことは、アメリカのスリーマイル島、旧ソ連のチェルノブイリ(現ウクライナ)、そして日本の「もんじゅ」の事故で立証されています。設計そのものの欠陥も露呈しました。
原子力発電所の、立地環境の安全性も何一つ保証されていません。活断層についてのこれまでの知見が貧弱であったことが、阪神・淡路大震災で判明しました。まして、これからの直下型巨大地震は、近い地質時代に繰り返し活動したという、活断層上だけで起こるとはかぎりません。さらに、全世界の431基(1996年末)のほとんどが海岸に立地しているので、たとえば50メートルの津波がくれば、ひとたまりもないでしょう。そのクラスの津波がありうることは、パプア・ニューギニアの地震津波で立証されました。また、河川のそばにあるものは、大洪水による危険があります(1995年9月20日に、ロシアのコラ半島の潜水艦基地で、数隻の原子力潜水艦の原子炉が、メルトダウン[炉心溶融]直前まで行くという事故がありました。原因は、基地に供給している電力が誤って遮断されたためでした。炉の制御システムが、エネルギー供給に依存している怖さを象徴した事故でした)。
(〔02〕=『混迷の星(1999年7月)風雲舎』第10章:プラネタリー・クリーニング)